生徒主体の校則見直しが生み出すもの
こんにちは。安田女子中学高等学校、副校長の安田馨です。
本校では2020年から生徒が主体となって校則を見直す「ルールメイキング」という取り組みを行っており、この4月から3つの校則が改定されました。校則が改定されたことも大きいのですが、そのプロセスが中々面白いものなので、少し感じていることについて書いてみようと思います。
1.ルールメイキングとは?
本校が取り組んでいるルールメイキングとは、経済産業省の『未来の教室』事業の一環でNPOカタリバが実施する「ルールメイカー育成プロジェクト」(以下、ルールメイキング)というもので、生徒が主体となり校則を見直していく取り組みです。
私が勤める安田女子中学高等学校は広島市にある私立の女子校で、正門での一礼や朝の静座など、これまで卒業生が築いてきた伝統を大切にしている学校です。校則そのものは他の学校と大きく変わらないものの、そうした礼節やマナーについてのルールや細かな決まり事もあるため、広島でも一、二を争う「校則の厳しい学校」と見られていました。
校則やルールについては、必要に応じて都度見直しはしていましたが、それでも昔からの校則で時代に合いにくくなってきているものもあると感じていたところ、生徒が主体となって校則を見直すルールメイキングの話を伺い、折角見直すのであれば、その当事者である生徒が中心になる形があって良いと考え、モデル校として挑戦することにしました。
2.突然の休校。止まりかけたプロジェクト
生徒が主体となって…と言葉にするのは簡単ですが、そもそも生徒主導で校則を改定するプロセスの型がありません。そこでNPOカタリバのスタッフやプロボノとして関わる弁護士や大学教員の方の力を借りてステップを描き、最初は高校生徒会の生徒と準備を進めていきました。
いよいよ全校生徒へ向けてキャンペーンを開始しようというタイミングで、想定していないアクシデントがありました。2020年3月、新型コロナウイルスによる全国一斉休校です。4月になり始業式はできたものの、すぐに再度の休校。授業もままならない状況に見舞われ、学校もオンライン授業に切り替えるのに手一杯で、ルールメイキングを動かす余裕はなくなりました。
「あぁ、これは活動を延期するしかないな」と正直諦めかけました。すると生徒たちが「延期したくありません。オンラインでできることを考えます」と申し出てきました。
まだ教員がZoomに四苦八苦している傍らでオンラインミーティングを繰り返し、プロボノの方達にアドバイスを依頼し、新入生にはオンライン歓迎会を、在校生にはGoogleフォームによる校則についてのアンケートを実施してて活動を継続。校則見直しへの下地を作り上げました。
結果、2カ月の遅れが生じつつも、対面授業が再開した6月にプロジェクトメンバーの募集、本格的な活動に入ることができました。
恥ずかしながら、私よりも生徒たちの方が突き進む力が上だったと感じます。そういう意味で、最初にルールメイキングの流れを作った生徒会の生徒たちの本気が校則の見直しを実現させたとも言えます。
3.ルールメイキングのプロセス
プロジェクトには教員やカタリバスタッフが伴走する形でサポートしながら進めました。
本校で実施した大まかなステップは以下の通りです。
①ルールメイキングの基本認識の形成
まずルールは時代や環境変化によって変わってよいものであるということを教員、生徒共に確認しました。また弁護士の方にルールについての考え方をレクチャーいただきました。
②見直したいルールを決める
見直したいルールの候補をプロジェクトで9つに絞り、全校生徒にどれを見直したいかをアンケートにて確認し、最終的に「スマートフォンの持ち込み」「放課後の立ち寄り」「保護者同伴が必要な施設」の3つの校則に絞りました。
③調査計画を立てる
3つの校則ごとにグループを分け、調査計画を立てました。「皆が幸せになる」という観点のもと、生徒だけでなく保護者や教員の意見をどう汲み取るかも検討しました。
④調査の実施
計画に基づいて調査を実施します。保護者にはアンケートを、教員には個別にインタビューを行うことになりました。今回、見直し候補の校則が学校外に関わるものであったことから、広島県警の少年育成官の方にもインタビューを依頼、協力いただきました。また各学年掲示板に模造紙を貼って、意見を書いてもらったり、賛同のシールを貼ってもらうといった取り組みもしていました。
⑤改定案の立案
校則である以上、明文化する必要があります。自分たちで描いた方向性を文言に落としていきます。表現ひとつで解釈が変わるため、この立案はかなり苦労をしていました。
⑥改定案の提案
校長をはじめとした教員代表に3つの校則の改定案を提示しました。「スマートフォンの持ち込み」では、保護者も持ち込みに賛成が多いことをアンケートで明らかにし、全国の公衆電話の設置数の変化や学校周辺の公衆電話の数なども資料に加え、改定の必要性を訴えました。
⑦学校側修正案と対話による調整
生徒提案を受け、教員側で改定案について検討、話し合いを重ねました。提案の一部を修正し、改めてプロジェクトメンバーと教員で話し合いを持ち、最終的な文言へと落とし込みました。
⑩新ルールの適用
2021年2月、全校生徒に校則が改定することを全校放送で発表。合わせて校則が変わっても大切にしたい行動指針を定め、2021年4月から改定(試行)という形で、校則の見直しが実現しました。
4.ルールメイキングを行って、変わったこと
今回見直した校則は、それぞれ生徒改定案をベースとして緩和されました。どれも生徒たちの関心が高かったものなので、それらの校則が変わったこと自体、本校では大きなことでした。スマートフォンの持ち込みについては、教員間でも意見が割れていたので、仮に学校主導で見直したのであれば、より時間がかかったのではないかと思います。そういう点でも生徒の力は非常に大きいものでした。
しかし生徒の伴走をしながら感じていたのは、校則が変わる以上の生徒の変化です。それは圧倒的な当事者意識です。
本来学校という場は、学校があって生徒がいるのではなく、生徒がいて初めて学校となります。ですから、そのルールも当事者である生徒が関わって然るべきです。
学校づくりの当事者となれば、そのルールは「自分にとって良いもの」ではなく、そこで生活する生徒みんなであったり、先生であったり、保護者であったり、様々な立場の人たちの想いを理解してルールをつくる必要があります。
生徒たちの話し合いを聞いていて、当初は「この校則、おかしいよね」「なんでこんな事が決まっているの?」といった素朴な声が多かったものが、途中からは「保護者アンケートではこんな意見も出ている」「これを無くすと、こういう問題が出てこないかな」と、学校づくりの当事者になっていきました。
今年6月、第二期生を募集したのですが、その募集ポスターには「安田を動かすのは、私たちだ。」というコピーが書かれていました。
あっという間に、学校づくりのど真ん中にたどり着いたようです。
5.校則を、好きになるという未来
さて、今回ルールメイキングで3つの校則を見直しましたが、最終的に校則はどういう形になればよいのでしょうか。
今回見直した校則については、生徒・保護者ともに肯定的意見が多い一方で、やはり課題も生じています。改定した校則も一部修正が必要かもしれないという声が既に聞こえてきています。
そうしたことを考えると、校則を全てなくすというのも理想の姿ではないのかもしれません。
そんな先行きについて考えていたところ、生徒がルールメイキングの取材を受ける機会がありました。記者の方から「これから学校や校則をどうしていきたいですか?」という質問に「校則を、みんなに好きになってもらいたいです」と躊躇なく答えているのを聞き、教員側である私が驚きました。
あぁ、校則を好きになるという、そんな考え方があるのかと。
ブラック校則という言葉に象徴されるように、校則という言葉には束縛感が付きまといます。私自身、どこかネガティブなイメージを校則という言葉に持っていたのかもしれません。
本来ルールとはそれぞれ価値観や考え方が異なる中で、互いが気持ちよく過ごせる環境を作るためのもの。しかしながら長い間同じ規律で過ごしていると、その本来の目的を失い、手段であったルールだけが残ることがあります。しかし本来の目的である互いが気持ちよく過ごせる環境を整えるものであるならば、そのルールは確かに好きになれるはずです。
2期目がスタートして、今年度どの校則を見直すべきか、話し合いが進んでいます。さて次の校則見直しは何になるでしょうか。
校則を、好きになる。そんな未来を彼女たちが実現していくのを楽しみにしています。